カテゴリ:■猫ふんじゃたな物語( 8 )

チョロとの出会い

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我家の猫たちと出会ったのは、今から6年前。仕事を終えて帰宅する途中の公園で、はじめて彼女と会いました。
首にはピンク色の首輪。「二ゃオー、二ゃオー」と高い声で鳴き、警戒もせず私の所へ寄ってきました。『散歩でもしているのかな?』そう思いながら、彼女を観察してみると…不自然な点がチラホラ。散歩慣れしてない足、首輪についている引きちぎられたヒモの跡、トラ柄から見える白い毛の部分は薄汚れてしました。
『彼女は迷い猫の可能性が高い』そう感じました。公園のスグ側は交通量が多い。帰ってゆくか一時間ほど様子をみましたが、家にむかう素振りをみせません。私も長く暮らした猫が亡くなった経験があり、飼い猫がいなくなる寂しさは十分わかっています。そしてなにより、飼い主も探しているハズ…。
とりあえず、保護する事にしました。その後『迷い猫預かっています』の広告をうちだすも、飼い主は現れず…。一ヶ月半経過した頃、彼女の異変に気がつきました。食欲旺盛で乳首の周りの毛が薄くなり、お腹がモニョモニョ動き始めたのです。翌日、動物病院へ行って調べてもらう事に。
「んー、妊娠しているね。ここ一週間で産まれるけど、飼い主じゃないんでしょ?どうするの?」獣医さんから鋭い一言をいただきました…。
この瞬間、色んな事が頭をめぐり…。
彼女はやっぱり飼い猫で、サカリがきて交配する為に自ら家を飛び出し迷子になった可能性が高い事。現在、飼い主が現れていない事。そして、今この子達を生かすも殺すも私の判断にかかっている事。
「飼い主になります。」この瞬間、いろんな決意をしました。
そして、彼女に“チョロ”と名前をつけました。数日して、チョロは二匹の子猫を出産…その瞬間に立ち会い、子猫達をとりあげ“ヘソの緒”を切るという初めての経験もさせてもらいました。
その後、息子猫は私の実家で育ててもらい、あとの娘猫はチョロと私と一緒に暮らす事に。
毎日、一度は喧嘩する彼女達を見ていて『母娘の関係は一生こうなのかもしれないなぁ…』と自分と母との関係を考えてみたり(笑)チョロからは、大切な事をたくさん教わっていると感じます。親子共々、長生きして欲しい…と切に願います。(ヨシリョー)
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by nekofun | 2009-04-28 12:26 | ■猫ふんじゃたな物語

チビとブーチャンのこと

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22年前の春、ゴミ捨て場で娘の友達が拾った仔猫を、泣きつかれて飼うことになったチビ。翌年、屋根裏で蚊の泣くよ うな声で泣いていた仔猫を助けた近所の焼鳥屋さんに「預かるだけでも」と押し切られたのがブーチャン。以来、猫中心の生活になり、旅行もできなった。でも、いつもお留守番の娘にとっては猫がよいお友達 で、特に悲しい時や病気の時に寄り添ってくれる世話好き猫のチビにはどれほど癒されたかわからない。ブーチャンはこれまで病気一つしたことのない健康優良猫。2匹とも新幹線に乗ったり、東京で住んだりと適度な刺激がよかったのかも。「迷惑だっ たニャ」の声が聞こえてきそうだが、 後期高齢猫になっても愛らしいチビとブーチャン。皆に「猫ってシワもシミもなくていいね」と羨ましがられている。(開花・小川聖子)

カフェ・ギャラリー閑花
11:00AM〜7:00PM(日祝休み)
大阪市北区東天満1-12-2 
TEL/FAX  06-6353-8148
http://ciro-s.hp.infoseek.co.jp/kanka-index.html
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by nekofun | 2009-04-10 14:23 | ■猫ふんじゃたな物語

猫バカ日記 VOL.1 大黒堂ミロ

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MIX ROOM 
大阪市北区堂山町16-19 iwata haihan blod 1F
06-6311-3657
http://www.mixroom.com
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by nekofun | 2009-04-10 13:34 | ■猫ふんじゃたな物語

さっそくですが、うちの桃太郎…

f0206064_1314527.jpgもう4年も前の6月中旬午前3時くらいのこと。当時もっぱら自分は犬派で猫には興味ナッシング…つか、嫌いだったかも知れない私が、泥酔酩酊しながら国道沿いを歩いておりますと、凄い音量で子猫の鳴き声が…。んー、あまりにも音量多すぎて、反響のせいかどこで鳴いてるのか位置確認に手間取ってまい、しばらく探しますと、どうやら国道沿いでマンションの基礎工事の3メートルほど掘り下げた泥だらけの溝から泣き声がひっきりなしに聞こえくる。「こいつ息もせんと必死に泣いとる…」と思い、溝に飛び降りて泥の中から拾い上げたのが桃太郎。今まで何度かノラの子猫は見かけていたが、決して連れ帰ることはなかったのだが、そのあまりにもみすぼらしくて不細工な奴を不、不、不覚にも抱きかかえてしまったのだ。当時は手のひらに乗るくらいで、生後1ヶ月くらいだったんだろうか、ガリガリに痩せて泥や廃油だらけ…抱きかかえてもミィ〜ミィと必死に鳴き続けておった。
とりあえず部屋に帰って水と子猫用のフードをお湯でふやかして与えると、フンガフンガミャースカ鳴きながらガッツイテイマシタ。体の泥や廃油も落とそうとお風呂に入れますと、体中の蚤が顔に避難してきてもうホラー映画さながら。結局毎日蚤取りシャンプーで1週間かけて駆除した。4年たった今ではおかげさまで2リットルのペットボトルよりもずっと大きくなって元気に暮らしておりまする。(桃太郎パパ)
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by nekofun | 2009-04-10 13:16 | ■猫ふんじゃたな物語

24匹の猫と母の物語

f0206064_1324975.jpgそういえばぁ20年前、嫁になるにあたって、はじめてご挨拶に訪ねたの母(すなわち義母です)の家には
きじ猫の「ゴン」とライオン丸みたいな「チコ」とチンチラみたいな「ミック」という3匹の猫がいた。
その日から半年が過ぎる頃、母の猫は8匹くらいなって、そしてまたそれから半年くらいが過ぎた頃には12匹くらいになって、そのまた1年後くらいには24匹の猫が母と共に暮らすようになっていた。
24匹の猫さんとのなれそめはそれぞれにいろいろで、たとえば、「チィ」と「カナコ」は団地の植え込みの奥の奥の方で聞こえる「ピィ〜ピィ〜」のほそい泣き声をたよりに、ガバッっと植え込みに分けいると、(母曰く)ちくわみたいな生まれたての2匹赤ちゃん猫が落っこちていた・・・らしい・・・し、たとえば、シャム猫みたいな「くろ」は近所の少女が抱きかかえてやって来て、玄関先で、(知る人”のみぞ”知る のはずの母の猫好きは実際結構知られていて)おばちゃんこの猫を預かってください、お願いです。と丁寧に頼まれたらしい。・・・とか、とにかく母は「だって、どうしようもないでしょ」という24のエピソードに基づいて、24匹の猫さんを受け入れたわけでした。
幸いにして母は、松井一代(まつい棒でおなじみ?の)並みのお掃除大上手で、猫さん臭や部屋の汚れに見舞われる事態もなく、週替わりにじゅんばんじゅんばんに行われる、ブラッシングの日・シャンプーの日のおかげで、24匹の猫さんはいつもつやつやにこにこで、おまけに人なつっこさはワンコのごとくの猫さんたちは、来客にはしっぽをふってのお出迎えはするわ〜母が順番に名前を呼ぶと、自分の名前のところで「みゃぁ〜」と答える・・・なんていう小芸もこなしておりました。
そんな、大変そうでもしあわせそうな24匹の猫さんとの暮らしもかれこれ10余年がたち、24匹の猫さんの中でも”とりわけ自分だけは絶対に母と同じ人間だ!と信じて生きていたに違いない「ゴン」が天国に旅だった頃から、母は猫さんを看取る役割を果たし続ける時期に突入した。
猫さんの旅立ちは時には今月も次の月もそして又次も・・・という事もあって、そのたびに母は猫ちゃんを腕に抱いて、なでなでしながらお話をして、22匹の猫さんを、母と24匹の猫さん達と一緒に育んだ22のエピソードと共に天国へと見送った・・・。
母のそばには今、ハチとゴロッペがいて、母の名前を呼ぶ声にちょっとしゃがれた声で「びゃぁ〜」と返事をしています。
ハチもゴロッペもそしてお母さんもどうか+どうか+どうか+++めいっぱい長生きしてくださいと私のすべてで願います。(r)
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by nekofun | 2009-04-10 13:07 | ■猫ふんじゃたな物語

チャーとの出会い

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9年前にうつぼ公園近くに引っ越し、 公園猫や街猫の多さにびっくり。捨て猫は放ってはおけず、友人・知人に支えられ、出来る限り保護・譲渡をして今年で7年目。3年前に、捨て猫でエイズ・白血病の猫チャーと出会い、奇跡的に2年一緒に暮らし、チャーとの出会いは大きな心の財産に。こちらの強い思いや愛情に必ず応えてくれ、決して裏切らず、何の打算もない彼らに私は教えられ、支えられ、暖めてもらっています。与えられた命が尽きるまで、恐れずにただ生きることの素晴しさを学んでいます。そんな訳で現在、里親募集中の猫4匹を含めて14ニャンの猫屋敷状態です。こんな私の、迷走猫ブログ、ご覧ください。

『大阪発@外ネコ・家ネコ日記』
http://orange.ap.teacup.com/love_cat_utubo/

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by nekofun | 2009-04-10 13:02 | ■猫ふんじゃたな物語

里親募集の張り紙で、一目惚れ。

f0206064_12565578.jpg以前飼っていた猫が亡くなり数ヶ月たち「猫が欲しいな」と思っていた。『猫ふんじゃったなギャラリー5』に初参加し、展示を見に行ったら里親募集の張り紙があり、4匹中1匹の猫にヒトメボレ。その子は貰い手がなく最後の1匹となっていた。即決。『猫ふん』最後の日ギャラリーで受け渡し。テンワットギャラリーのチチちゃんに似ていて可愛らしい。小麦色の体から『ムギ』と名づける。こうして『猫ふん』がご縁で家に来たムギ。チチちゃんとは顔の柄が逆で、おデブ猫になったが、ご飯のときはお手をする憎めない猫に。小さい頃はもっとチチちゃんに似ていたのになぁ。チチちゃんを上下に軽く潰すとムギになる。(こまひとみ)f0206064_1661587.jpg
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by nekofun | 2009-04-10 12:57 | ■猫ふんじゃたな物語

シャーシャーの威嚇猫は、特別の猫しゃあに。

f0206064_13322123.jpg体を壊して仕事を休んでいた私は、体力をつけるための散歩で、たくさんの猫と餌やりさんとホームレスの方と知り合った。餌やりさん達に可愛がられているとても綺麗なハリー、ちょっとひねてるサビ猫ヤマトにみーちゃん。他にもたくさんいる猫達の中に、石垣の草むらに住むしゃあがいた。人懐こいお兄ちゃんと比べて、恐がりなしゃあは石垣の上からシャアシャア怒りながらご飯を食べにきていたが、ボス猫に目の仇にされて、いつも逃げ回っていた。工事のおじさんに可愛がられていたが、工事が終わると、おじさんは餌やりさんに、この兄妹猫を託したそうだ。しかし、突然いつも一緒にいたお兄ちゃんが居なくなり、しゃあは一人ぼっちになった。
私が気をつけてやらなければ…そう思った瞬間、しゃあは私にとって特別な猫になった。それから、毎日毎日、ご飯をあげに通うようになり、しゃあも威嚇をやめて私の膝にのって甘えるようになった。
4ヶ月がたった1月、みーちゃんが虐待にあった瀕死の状態で発見され、一命は取り止めたものの、前脚を失った。しゃあも虐待にあったら、春を迎えてしゃあに子供ができたら、なんとかしてやりたいけど、家には10歳になるちゃこがいるので飼うことはできない。悩んだあげくに意を決して捕獲し、不妊手術をして里親募集を始めた。3ヶ月たったころに里親希望の方が3名現れ、お見合いをした後、何度もメールを交わして最終にお一人と決めて、いざお渡しする直前に、私はしゃあが、可愛くて、愛しくて手放す事が出来なくなった。非常識な私に、その方は「僕はこの人はしゃあを保護しているんじゃなくて、飼ってるんだなと思いましたよ」と言い快く承諾してくれた。
あの日から約1年、のら猫気質はなかなか抜けなかったが、隠れてばかりで寝姿を見せなかったしゃあが、初めてリビングで堂々と寝姿を披露してくれたときは本当に嬉しかった。しゃあを保護する前から、子猫を保護し新しい家族を見つけては巣立っていったが、しゃあはきっと私にとって特別な猫なんだ。しゃあは、今だに毎日寝る前に私のぷよぷよのお腹をふみふみちゅぱちゅぱする。私のことをお母さんって思ってるのかも。本当はみんなに見てもらいたいけれど、しゃあは人前に姿を現せない幻の猫。私にだけ、可愛い顔を見せてくれる。(mao)

『しっぽを上げて』
http://shippowoagete.blog74.fc2.com/

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by nekofun | 2009-04-10 12:45 | ■猫ふんじゃたな物語